彼方へ


第三部


7

視界を暗闇が支配し

冷気が皮膚を貫き、

 

恐怖が精神を食い荒らす。
光りなき地の底。

それと同時に地上と天を支える重要な場。

智天使ゾフィエルがこの場所に足を踏み入れるのは初めての事だった。

(…確かこのあたりか。)

ラジエルの情報をもとに天界からはるか地下に存在する死の国。
魂の罪の贖いのための場所であるが…。

暗黒と炎の渦巻く地としか、主だった天使以外には知識を与えられてはいなかった。
ゾフィエルにはそれ以上の知識を許されていたが、この場所を訪れる程の興味を抱いてはいなかった。
いや、必要とされなかったという方が正しい。
ミカエルの手としてこの場所を知る必要が今まではなかったのだ。

その中でゾフィエルはラジエルに教えられた侵入口を探した。
ミカエルの密使として動いているゾフィエルが、正式に「玄関口」を通るわけにはいかないのだ。
騒ぎは起こせない…。

ゾフィエルは十二分にそれを理解していた。

ラジエルから授けられた符となる言葉は、侵入口に至らないと発動できない。
馴れない地下の闇を、ゾフィエルは慎重に歩いた。


いくらかの時間を手探りで進んだあと。
ゾフィエルは教えられた「しるし」を、広大な壁…死の国の「国境」に見出した。


「これか…。」

ゾフィエルはゆるりと唇を開き、鍵を口にしようとする。

そのとき。


ゾフィエルの背後の地から炎が巻きあがった。


「!!」

驚愕がゾフィエルの心を覆うが、声には出さなかった。



「…叫ばぬな。」


ゾフィエルの様子に意外そうな声が呟く。
次の瞬間、炎は二つに割れ…そこに一人の天使が現れる。


知らぬものなら悪魔のようにも見えただろう。
だが、まぎれもなく彼は主の御使いだった。



「ほう、初めて見る顔だな。」
ゾフィエルの視線の先の天使…彼こそこの地の主…ウリエルだ。
白い肌を誇る天使のなかでも、最も白い…いや、蒼さをも含む氷の色に近い肌。
漆黒の闇を思わせる長い髪と、同じ色の瞳。


その瞳は光りなきこの広大な場所に相応しい威圧感とともにゾフィエルを見つめていた。
警戒しているわけではない。
ウリエルの眼はゾフィエルをそれほど大きな存在とはとらえていない。

侵入に近い状態で入り込んできた彼に、かすかな興味を感じているだけだ。
たとえゾフィエルがこの場から自分に攻撃を加えようとも、傷一つ付けられない。
それがウリエルにとっては手に取るように分かっている。

そして当然、ゾフィエルもウリエルに危害を加えるつもりで来たわけではなかった。

だが、彼に逢いにきたことに変わりはない。
正直なところ、威圧感を受けながらもゾフィエルはウリエルにこんなに早く会えた幸運に感謝せずにはいられなかった。

思し召しか、と一瞬思い。
その思考にゾフィエルは彼には珍しく、苦笑したくなった。


「お初にお目にかかります。ウリエル。
 私は智天使ゾフィエルと申します。」

「ふん…?ミカエルの子飼いか。」
ウリエルはゾフィエルの名を聞くと、この使者のあるじをすぐに理解した。
ウリエルにとっては気に食わない存在ではあるが…彼が自分を含めた「つかい」たちの最も高位であることは間違いない。
そうである以上、ゾフィエルをむげに返すわけにはいかない。

しかし。珍しいとも思った。

「ミカエルから私に用とはな。珍しい事だ。」

いつもなら、天界からの指令は…「彼」から届くはずだが、と。
ふと「彼」を思い出した。


「…ガブリエルはどうした?」


ゾフィエルはその問いに短く、はっきりと答えた。


「捕らわれました。」




########




「…。」
「ここにいたのか。ガブリエル。」


限りなく吹雪きつづける空。
広大な城の窓にたたずむ恋人を見つけ、ヴラディスラウスは安堵した。

「何をしている?」

ガブリエルはゆっくりとヴラディスラウスの方を振り向き、薄く笑みを浮かべた。

「外を見ていただけだ…そんな顔をするな。」

「…私は今どのような顔をしている?」
「自覚がないのか?鏡を見せたいくらいだ。」
「それは…ふふ、無理な話だ。」

「……ああ、そうだった…な。」

他愛もない、会話の後にガブリエルはまた外を見た。

「……。」
ガブリエルは自覚がないのかと言ったが、
ヴラディスラウスには自分がいまどのような顔をしているのか想像がついていた。


おそらく、置いて行くのかと問いかける子どものような顔だろう。

ヴラディスラウスには永遠にこの地から逃すつもりはない…それはガブリエルにもよく分かっているだろう。
そして、今のこの自らの状態に何の不満も持ってはいなかった。

滅びぬ身体。
愛する者をとらえる力。

時間にすら勝利した永遠の肉体。

ヴラディスラウスは、幸福だった。
だが。


ガブリエルの眼は。


外界を望む眼なら、押さえつけることができた。
だが、今のような、こんな時に見せるガブリエルの眼には不安を覚えていた。


懐かしむような眼には…。


「ガブリエル。」

何を思ったのか、ヴラディスラウス自身知らないうちに、語りかけた。


「私はお前を愛したことを幸福に思っている。」

お前は違っていても。そう言外に込めて。



「…ヴラディス…。」

ガブリエルは振り向かず。
ヴラディスラウスはそれを求めず。


ガブリエルの身体をゆっくりと抱きしめていた。



ガブリエルはすまない、と小さくつぶやいた。



わたしもだ そう いえない わたしを どうか ゆるして





                                  To be Continued…



また何か短くてすみません;;そしてまた似たような天使ですみませんっっ
キャラの書きわけが全くできてませんね…頭の中でも似たような容姿だし…。
個人的にはいろいろ違いはあるつもりなんですが、役割でしか違いを書けない;;
ほんと文章力低っっ

というわけで相変わらず場面転換ばっかの第3章、まだ続きますね・・・。
今年もよろよろのたのたやってきます。どうぞよろしく!!

昨日映画見に行ったら予告編にヒューさんの「オーストラリア」があって久々に大画面でヒューさんが見れましたvv
至福vv

だいぶ前のですがリチャードさん主演の「バスカヴィルの獣犬」も見たいなー。


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