こいあうもの


六 君の言う「誰か」に僕はなれなかった、なりたかった



自分の言葉に息を呑んだのがはっきりと見て取れた。
片倉小十郎は、自分の推測が間違っていないことを知った。

いや、確信していたからこそ口に出したのだ。


「…お気づきになられていたか。流石だ。」
「……真田…。」

幸村は観念したのか、かすかに微笑を浮かべた。
その表情に小十郎は戸惑いを感じたが
それを押し隠し、先に聞くべきことを口にする。

「お前…ここを去るつもりだな?」


「…何故お聞きになる。今更ではありませぬか。」

記憶を取り戻した己は敵以外何者でもない。
その事実は小十郎にもわからないはずはなかった。
このまま記憶のある幸村を、今までどおりこの奥州に、政宗の傍にいさせるのは
小十郎の常識からすれば危険なことだ。
けしてしてはならぬことだった。

だが、彼が去れば主君は。
恨まれても憎まれてもいいと思うほどの想いを傾ける存在がいなくなれば。


「お前は…許せない、か。」

小十郎はふと思ったことを口にした。
分かっているはずのことだった。

潔く散る命を強引に引きとめ、辱めを受けさせたのは主君。
それを生粋のもののふである幸村が簡単に水に流すことはできまい。

しかし、幸村の口からは意外な答えが返ってきた。

「許さぬのは某ではございません。

 …某がこの場に在る事を許さぬのは…政宗殿です。」

「なんだと?」


驚いて幸村の顔を見ると、眉を顰め、一筋の涙をこぼしていた。
何故だ、と小十郎は混乱した。
そして許さないのは政宗だと、幸村は言った。

困惑する小十郎を見つめ、幸村は言葉を続けた。

「片倉殿。貴殿ならお分かりのはずだ。

 某が…真田源二郎幸村である限り…政宗殿は苛まれる。
 某が許しても。政宗殿は許さぬ…。」

「幸村…お前…。」
では、お前は許しているのか。
あんな仕打ちをした主君を。
涙をこぼすのは離れたくないからではないのか?


「……だから某は去らねばなりません。何より貴方が気付かれたのなら。」

「な…待て、幸村!」

話を終え、身を引こうとする幸村の腕を
小十郎はとっさに引いた。

こんなに細い腕だっただろうかとかすかに驚く。


「お前自身は政宗様を許しているのだろう?
 ならそれを告げれば…!」

「できませぬ。よくお分かりでしょう。」

幸村はきっぱりと言った。


「某の記憶が戻ったということは片倉小十郎、あなたにとって主君の危険です。
 たとえ…俺が…っ…。」
幸村の瞳から再び涙があふれた。
それを隠すように幸村は小十郎から目をそらした。

「幸村…。政宗様を…。」

「小十郎殿…政宗殿に…お伝えください…。
 この冬の間…某は幸福にございました、と。」

幸村の決意は揺るぎはしない。
たとえ悲痛なものであっても、それをとどめることは小十郎にはできない。


「…歯痒いものだな…。」

己の力のなさを、小十郎は自嘲するように笑った。

ゆっくりと幸村の腕を離す。


「いつ、発つつもりだ?」

「明朝には。」

「…急だな。」

「早ければ早いほどいいでしょう。某にとっても、政宗殿にとっても。」
幸村はまた微笑むと、自室へと戻った。

「……」

部屋へと入る後姿を確認したあと。
小十郎も部屋へ戻っていった。


#######

(幸村の言うことは正論には違いねえ…だが…。)


幸村と対峙したあと、小十郎は夜になっても幸村の事が頭から離れなかった。
確かに「真田幸村」を奥州にとどめる事は難しい。

しかし幸村自身が、政宗の寝首をかく真似をするとは今は思えなかった。
幸村はもう政宗を許している、いや、愛しているのだろう。
政宗自身がそうでないと思いこんでいるだけで、
すでに望むものはあるはずなのだ。

更に真田幸村は既に死亡したものとされている。
あの保護者のような忍も既に亡い。

真田は健在だが、幸村は次男であり、跡継ぎは既にいるはずだ。
もし幸村が望めば…このまま…。


(…俺も情が移っちまってるようだな。)
小十郎は苦笑した。
これほど幸村を行かせない理由を探してしまうとは。

幸村は政宗にとって既になくてはならない存在であった。
だが、それだけでもない。

小十郎自身、邪気のない清廉な幸村に好意を持っていた。



もしこのまま行かせれば。



幸村はもう戻らない。



「…無理だな。」

どうやら俺も行かせたくないらしい。

もう一度説得しよう、と腰を上げる。
まだ政宗の執務も終わっていない時間帯のはずだ。
出発は明朝だといっていた。それならばまだ…。


その時。

「片倉殿…!!片倉殿!!大変です!!」
障子の向こうから切羽詰った声が聞こえてきた。


小十郎は何事か、と障子を開ける。

「何だ?何があった。」

「ゆ…幸村殿が…幸村殿がおられません!!
 部屋も…館中探しましたが、いっこうにお姿が見えず…!!」


「な…。」

愕然とする小十郎の脳裏に、幸村の儚げな笑みがよぎる。
(早ければ早いほどいいでしょう。某にとっても、政宗殿にとっても。)


(…やられたか…!)

小十郎は幸村の部屋へと向かった。


#######

「…く…。」

言われたとおり。既に幸村の姿はなかった。

「見張りは…見張りは何をしていた?」

「それが…幸村殿の見張りをしていた者のみが気を失っておりました。
 忍びの薬を使われたようで。」


「忍び…?バカな!猿飛は死んだはず…。」




「小十郎!」




場を鋭い声が響いた。
小十郎ははっと振り向いた。


「…政宗、様…。」


一目で分かるほどに、主君は動揺していた。
怒りか、悲しみかは分からない。


「どういう事だ…幸村は…。」

「政宗様、落ち着かれよ。」

「うるせぇ!!どうやって落ち着けってんだよ!!!」



激昂すると政宗は小十郎の襟首を掴み壁に押し付けた。

「ぐっ…。」


「小十郎、幸村はどこだ?
 何故逃げた…!あいつは何も知らないはずだ!!
 逃げるところもないはずだった…!!」

懇願するような目だった。
政宗がこれほど動揺したのは、
武田軍の敗北と真田幸村失踪の報を聞いたとき以来だと、小十郎は思った。


「政宗様…お聞きください。
 幸村殿は…真田幸村は記憶を取り戻しておられたのです。」


「!!!」


ビクリ、と身体を震わせて政宗は小十郎から手を離した。


そのまま愕然とした表情で床に膝を着く。


「…お前はいつ、知った。」

「今朝方です。」

「お前が逃がしたのか…?」

「いえ、違います。」

「逃げるのは知っていたのか?」




「…はい。」



「……そう、か。」


何故、と政宗がそれ以上問うことはなかった。


何よりも恐れていた喪失が、今ここに現実のものとなった。


「ゆき…むら…。」


小さな呟きは、小十郎の耳にのみ届いた。



                          To be Continued…


こんにちは。久々の更新となります!
や〜今回は書きたかったシチュエーションが書けて満足ですvv
そして大好きなこじゅゆきムードも少々漂わせてみました。
まあ話の展開では今後こじゅゆきがどうなるかは未定ですが;

さてやっと出奔した幸村ですが、これからが大変なとこですね。
政宗も呆けましたし、さあどうするかなあ(にんまり)

攻を苛めるのもかなり大好きな青沢でした;;


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