強く儚い者たち
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「お久しぶりです。屑桐先輩。」
「豊川…美亜…?!」
屑桐は驚きの色を隠せなかった。
その原因は部活後に現れた人影。
それは自分が愛してやまない天国と、一時期の間彼女として付き合っていた少女だった。
彼女とは天国や明美を通して、面識があった。
しかし、あの事があってからは…。
「突然すみません。あの…。」
「…何か用なのか?」
「はい。…天国君のことで。」
思ったとおりの答え。
むしろ、それ以外はないと思っていた答えだった。
屑桐は、豊川と共に学校を離れ近くの喫茶店に入った。
天国の事を少しではあるが知っている他のチームメイト達に、あまり自分との関係を詮索されるようなことにはしたくなかったからである。
もともと、好き好んで聞かれたいような話は持ち合わせてはいないが。
「屑桐先輩。天国君と…あの後会われたんですか。」
「…ああ、最近だが…野球部の試合でな。」
「野球部に?…じゃあ、あれは見間違いじゃなかったんですね。」
豊川が天国を見かけたのは、自分の学校の野球部と練習試合に十二支高校が来た時だった。
十二支高校は最近強くなってきているとの評判も高かったが、女生徒たちにとっては、十二支のレギュラーのルックスが有名だった。
豊川は特に興味があったわけではないが、主将の牛尾のファンであるという友人になかば無理矢理連れてこられ、共に試合の見学をすることになったのだ。
そして豊川は天国の姿を見出す事となった。
「びっくりしました。天国君、別人みたいで…。すごく元気にはしゃいでて、人につっかかっていって。」
「ああ…、そうだったな。」
「野球をやってる事にも驚きましたけど…。でも、今の天国君は。」
「………オレの知っていた天国を捨てようとしてる…。あいつは。」
「私もそう思いました。天国君は…明美ちゃんになろうとしてるんです。」
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「蛇神せんぱ〜〜〜いD今日も明美の手作りお弁当もって来ました〜〜〜V」
十二支高校にて、天国はいつも通りの自分でいた。
いつも通り、練習して。合間に、ギャグを連発して。
明美になって。
先輩や他の皆に元気に話しかけて。
あの頃の明美のように。
「猿野…。」
「あ、れ〜?蛇神先輩、今日は固まらないんですね〜。明美、ちょっとつまんな〜いV」
蛇神は、先日の屑桐との1件以来、明美に扮する天国が気にかかり、仕方がなかった。
何故、天国は明美となるのか。
何故、死んだ女性になろうとするのか。
そうすることで、最も傷ついているのは天国自身ではないのか、と…。
だから、蛇神は口にしてしまったのだ。
「猿野…、何故明美殿になろうとする?」
「!」
一瞬、天国の表情が凍りつく。
「何のことです…?」
天国は、蛇神の真摯な問いかけに目をそらして答えた。
まずかったかとは思ったが、蛇神はここで引いては天国を更に傷つけると感じた。
天国は、何かから眼をそらしている。
ずっと何かから逃げてしまっているのだ。
「…では、再び問う也。何故、死んでしまった者になろうとする?」
「な…んで、それを…。」
天国は、明美の姿のまま足の震えをとめる事が出来なかった。
「何故だ?猿野天国…。」
「…だって…駄目なんだよ…明美も…無涯も…僕が…。」
「天国!!」
突然声を荒げたのは、沢松だった。
沢松は天国の様子がおかしいのを察知し、天国の元に駆けつけて来たのだ。
「天国…、大丈夫だ。」
沢松はそれだけ言うと、天国の背を安心させるよう抱きしめる。
天国は沢松の腕の中でほっと一息をついた。
天国が落ち着いたのを見ると、沢松は蛇神を見上げ、睨み付ける。
「…蛇神先輩。あんたどっからその情報仕入れたのか知んねーけど、無闇にこいつをつつくようなことはしないでクダサイよ。」
「…すまぬ。我は…。」
「まだ、知らなくていいことですよ。あんたも…それから牛尾先輩、あんたもね。」
「気づいていたのかい。」
天国と沢松の後ろ、木の陰から現れたのは、十二支野球部主将、牛尾御門だった。
「牛尾さん。こいつは一度保健室で休ませますんで。駄目だとはいいませんよね?」
「……勿論だよ。」
「すみま、せん…。」
天国はかすかにそう言った。
沢松が天国を連れて行ったあと、二人はふとため息をついた。
「蛇神くん…。」
「すまぬな。今回は我が悪かった。」
「いや、僕も同じ事をしていたと思うよ。その点は…僕には攻められない。」
牛尾は今まで見た事もないほど切ない瞳を見せた。
「僕や君では…彼の心に踏み込む事は許されないのかな…。」
「ああ…。誠に。」
だが、牛尾は最後に一言付け加える。
「負けてばかりでいるつもりはないけどね。」
「ごめん…ごめんね…。」
保健室のベッドの中。
止め処なく溢れる涙を、天国はこらえる事もせずに流し続けていた。
To be continued…