強く儚い者たち
2
天国の血を吐くような叫びは屑桐の胸を裂く。
予想はしていた。
それでも何よりも辛い言葉だった。
「無涯…もうここには来ないで。
僕は…。」
「猿野くん。」
突然別の場所から声が聞こえる。
二人にとっては聞き覚えのある声。
天国が振り向くとそこにいるはずのない人物がいた。
「主将…?!」
「牛尾御門…!」
「今日の特訓がまだだったからね…。迎えに来たんだけど。」
そう言いながら牛尾は屑桐を睨み付ける。
「屑桐無涯。なぜ君がここに居るかは聞かないよ。
今日のところはひいてくれるかい?」
言っている言葉は丁寧だが彼の声音には有無を言わさない凄みがあった。
「…貴様には関係ない。」
「確かにそうかもしれないね。でも…。」
牛尾は天国をちらりと見る。
天国は居た堪れない瞳を隠せずに牛尾を見ていた。
「今の僕には猿野くんをコーチする責任がある。」
「……天国…その男と…。」
「帰って。」
天国は最後に一言、顔を背け屑桐を切り捨てる。
「…分かった。邪魔をしたな…。」
屑桐は唇を噛み締め悔しさを現しながらもその場を立ち去っていった。
「……すみません、主将。助けてもらっちゃって…。」
屑桐が立ち去った後、天国は牛尾に向き合い、にっこりと笑い礼を言った。
「いや、かまわないよ。
…ところで、言いたくないならいいけど…何故彼がここに…?」
「…すんません。今は…言いたくない。」
天国は俯いてそう言う。
その姿は天国のいつもの姿からは想像できないものだったので、
牛尾は少なからず驚いていた。
顔には出さなかった。
屑桐無涯が自分の最も大切な人の名前を呼んで、彼の家に来ていた事に比べれば
小さな事だったから。
「主将…今日もよろしくお願いします。
今日は特に倒れるまで…しごいてください。」
「分かったよ。」
搾り出すような声に牛尾は短くこたえた。
多くの言葉は今の彼に必要だとは思わなかった。
天国の家を去った屑桐はそのままある場所に足を向けた。
小さなグラウンドの隅の…小さな木の前に立った。
「あ…まくに…ぃ…っ。」
会いたかった。狂いそうなほどに、会いたかった。
会って抱きしめて、どこかに閉じ込めてしまいたかった。
卍高校との試合後に天国の姿を認めたとき、どれだけ手を伸ばしたかったか。
半ば放心状態で天国の声を、姿を見て気がついたときには一球勝負をしていた。
何とか自分を立て直してその場をチームメイトと共に立ち去れた。
今も、同じだった。
なのに…。あいつはやはり許してはくれないのか。