愛しい闇
1
「…っあ…!!」
夜間の校内。1−Bの教室で濡れた声と、音が響いていた。
誰が聞いても、情事に及んでいる事が分かる。
「…っ。やっぱいいな、君。」
「いーかげんにどけ。もう用は終わっただろ?」
押し倒されていた人物は、上にいる男を押しのける。
弱い力ではないため、驚いたようにおしのけられた男は今まで啼かせていた少年を見た。
「相変わらず冷たいなぁ猿野。
久しぶりだってのに…もうお別れ?」
少し寂しげに言う相手に、少年は興味なさげに吐き捨てた。
「オレは暇じゃねーんだよ。
これでも有望な野球部員だぜ?」
「…有望な野球部員がこんなとこで男に押し倒されてていいのかい?」
「女押し倒してるよりゃアシつかねえし、一人で抜くよりゃ健全だろ。」
ミもフタもないとはこのことだな、と男は思った。
「アンタだってこんなとこで生徒とヤってるってバレるわけにはいかねえだろ?
有望な数学教師が。」
少年の冷ややかな答えに、男は苦笑する。
「きついね。まあ生徒とってのはまずいかな。
妻子が居るわけじゃないからその辺りはまだ軽いけど…。」
「バレたら困ることバラすのもあほくせえだろ。
公表しようなんて思ったら速攻強姦されたっていいふらすからな。」
「…分かってるよ。」
「じゃあな。」
少年はいつのまにか着衣を直し、教室の扉を開けた。
「何でかなあ。こんなに愛してるのにね。」
「…趣味悪いんだよ。」
男の言葉にそれだけ呟くと。
少年…十二支高校1年・猿野天国は教室を後にした。
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「さて、今日はここまでにしよう。」
「お疲れっした〜〜!!」
「つッかれたぜ〜〜。やれやれだな。」
すっかり日常になった牛尾邸での特訓を終え。
天国と獅子川は、帰り支度を進めた。
「二人とも、シャワーの用意が出来たからそちらに行ってくれるかな?」
荷物をまとめているときに、牛尾が言うと、二人は喜んでそちらに向かった。
何せ牛尾邸のシャワールームは半端でなく豪華なのだ。
それを使わせてもらえるとあっては、喜ばないわけにはいかない。
「ありがとうございます!」
「おう、助かるぜ〜〜!!」
天国も獅子川も、邪気のない笑みで牛尾に礼を言った。
こういうところはこの二人は似ているな、と牛尾は思いながら。
仲のよい二人に嫉妬の気持ちをなくせなかった。
天国は、主将である自分には見せない気安さを獅子川には見せていた。
それがやるせない想いを感じさせる。
牛尾御門は、猿野天国をいつからか愛していたから。
「…僕も重症だね。」
牛尾は一人、呟いた。
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「あっ…ふぅ…っ。」
「…るの、様…。」
「ダメ…先輩に聞こえる…っん…っ…!」
シャワー室に水音とともに艶を帯びた声が響く。
牛尾家のSPの一人が、天国の身体を蹂躙する音。
全裸の天国をSPは着衣のままで貫いていた。
「あ…っ出る…っぅ…!!」
「猿野様…!!」
「はぁ…っぁあっ!!」
SPが天国の中に達したと同時に、天国も達していた。
「はぁ…。アンタ、力入れすぎだろ。
こっちは練習で疲れてるんだぜ?」
行為が終わったと同時に、冷ややかな声がSPにかけられた。
いつもそうだ。
抱いている最中のような熱さは、SEXが終わると同時に消え去っている。
「申し訳ありません。猿野様。」
「…別にいいよ。終わった事だし。
それよりアンタこそ服なんとかしたら。
キャプテンに見つかったらやばいんじゃねえの?
服着てシャワー浴びたとは言えないだろ。」
そう、着衣のままで流れるシャワーの下、行為に及んだSPの服は水浸しだった。
皮肉にも衣服自体の乱れはほとんどなかったが。
「ご心配には及びません。
すぐに着替えてまいります。」
「別に心配なんてしてねーよ。キャプテンにバレると何かと面倒だからな。」
そっけない言葉。
その言葉に心を痛めながらも。彼は、天国に惹かれている自分を自覚せざるを得なかった。
自分でも信じられなかったが。
主人である牛尾御門が、野球部の特訓のために連れて帰ってきた少年。
同性で、しかも子どものように笑っていた彼に、惹かれた。
近づくつもりはなかったのに。
いつしか主人の目を盗んで彼を抱くようになっていた。
いつからなんて覚えていない。
そして、抱くようになってから知った恐ろしく冷たいもう一人の彼。
どうしてこんなに惹かれたのだろうかと、思うほどに。
彼は、自分の名前すら知ろうともしないのに。
なのに、こうやって彼が来るたびに、抱き寄せる腕をとめることが出来ない。
それでも、彼を抱きしめたかったから。
たとえ、主人が想いを寄せている人でも。
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「じゃあキャプテン、今日もありがとうございました!」
帰りの車に乗った天国は。
先程まで情事に耽っていた様子などおくびにも見せず。
天国はいつもの「純粋な野球少年」の顔で、牛尾に挨拶をした。
その笑顔に、牛尾は胸が一際高鳴るのを感じた。
「あの、猿野くん。」
「はい?」
「…いや、なんでもないよ。」
「?何すか?もう!牛尾様ってばv」
少し冗談めかして、天国は笑った。
「ふふ、ごめんね。
じゃあまた明日。学校で。」
「はい!」
そして帰りの車は出発した。
その車を見送りながら。
牛尾は、自分の気持ちを伝えようと決心を固めていた。
To be Continued…